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ロッキーヒストリー 幼少時代

まだ幼稚園に通っていた頃、アルコール好きな父親に連れられて八幡一番街の「ねぎそば 名代 月梅(ユーメイ)」で、ねぎそばを口にする。当時から国鉄市川駅北口にあった「中華料理 ひさご亭(本店)」(現在は再開発により本店は閉店、市川大野に支店が営業中)のジャンボ餃子が大好物で、良くお土産で持ち帰り夕飯に食べていた。

小学校時代

小学4年生から相撲部に所属。顧問の先生より「市の大会で優勝したら、部員全員にラーメンをご馳走してやる」の言葉に一念発起。見事〜市の大会で優勝、ご褒美の出前のラーメンをゲット。以来、ラーメンはROCKY館長の中で「ご褒美」となる。

中学校時代

「映画小僧」で、父親から映画の無料鑑賞券をもらい、本八幡駅北口のスカラ座(現在閉館)などでアメリカ映画を沢山鑑賞していた。当時流行していた映画「ロッキー(ROCKY)」に感銘を受け、ロッキーが後のインターネット上のハンドルネームとなる。

高校時代

映画のスクリーンの向うの世界に行きたい〜と言う欲求が深まる。

大学時代

大学2年を終了した時点で、大学を一年間休学。念願のアメリカ語学留学の夢を果たす。アメリカ人の家庭に無料でホームステイして、ベビーシッターをしながらロサンゼルスの語学スクールに通っていた。アメリカと日本の文化の違いを肌で感じて、大変有意義な1年間でした。

1990年代後半

ラーメンブームで、ガイドを片手にラーメンを食べ歩くようになる。

2003年

ある日ふと市川市内には美味しいラーメン屋さんが沢山あるのに、それを紹介するホームページが無い事を疑問に持つようになる。それなら自分で作ろうとの思いで、ラーメンホームページの先輩管理人さん達から指南を受けて、ゼロからスタート。4月7日「HPラーメンミュージアム」開館。市川市内のラーメン屋さんをメインに情報発信スタート。史上初の一市町村レベルのラーメンホームページは、子供連れ可のラーメン屋さん情報というユニークなカテゴリーと共に当時話題になる。

2004年

「HPラーメンミュージアム」内にサブサイト「いちかわみゅーじあむ」をオープン。ラーメン以外の市川のグルメ情報も発信するようになる。

2005年

新幹線通勤スタート。JR本八幡駅から東京駅経由で東海道新幹線に乗って新横浜にあるオフィスへGO!

2006年

「市川ケーブルテレビ(現在の「JCN市川」)」の月刊ケーブルガイド誌に毎月「市川ラーメン横丁」の連載をスタート。足掛け2年間で延べ20軒を超える市川市内のラーメン屋さんをコラム記事にて紹介。市川市内の美味しいラーメン屋さんが、活字を通じて広く市川市民に浸透するようになる。

2008年

4月「テレビ市川」の人気情報番組「月刊イチカマニア」の「市川ラーメンフェスタ春」特集に、テレビ出演。行徳の「がんこ11代目」、妙典の「杏樹亭」、京成八幡の「光そば」の3軒のお店を紹介。この特集は反響が大きくその後、JCNグループで部分的に千葉県内で再放送されました。

10月「テレビ市川」の人気情報番組「月刊イチカマニア」の「市川ラーメンフェスタ秋」特集にテレビ出演。行徳の「葫」、「かむい」、本八幡の「菜」の3軒のお店を紹介。

2009年

2005年夏からスタートした新横浜ラーメン博物館の「旬麺」シリーズを、4年連続=16シーズン連続で全軒制覇の偉業達成。世界記録です。


マイタウンガイド市川・本八幡版の2月号で、「市川ラーメン横丁」復活。市川・本八幡の計6軒のラーメン屋さん(本八幡の菜、魂麺、らーめん源太、小笠原塩ラーメン海皇、らーめん木尾田、市川の中華麺工房 男爵)をトップページにて紹介。

2010年

ホームページ開設7周年を記念して、「HPラーメンミュージアム」を市川市内のホームページ制作会社「アントビー株式会社」協力により、全面リニューアル。

つづく
プライベートヒストリー

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